エンドロール

 

 


『さようなら』



彼女は電話越しにそう言った。




そこでその映画は幕を閉じた。



音楽が流れてエンドロールが流れ始めた。



これまで出てきた出演者やスポンサー、製作者の名前が流れていく。





そして頭の中に『fin』の文字が浮かんだ。



映画はもうこれで終わり。



めでたしめでたし。



そのはずだったのに。



それでも気付いたらまだ続いている。




まだ終わってくれない。




エンドロールが流れ後も。



世界はずっと続いている。



例えば主人公が死んだ後だって。




それでもまだ永遠に。




彼女は今頃、また別の映画の出演に備えているのだろう。

 

 

星の記憶



空を見上げるとシリウスが見えた。


誰かが知ったかぶった。


『ねぇ知っている?あの光はもう何億年も前に放たれた光なんだよ』


そうなんだと、

また別の誰かが感心して言った。



『じゃあ今は、もうそこにないのかもしれないね』





あの星がもしももうすでに此処になくて。



ただの残像だというのなら。



ただの想い出に過ぎないとしたら。





今此処にある景色だって。



一体誰かがまだ此処にいると証明できる。




『あの星の名前を知ってる?』




そう話したあの子達。



気付いたらもうそこにいなかった。

 

 

 

 

実験室

 


実験室に閉じ込められたモルモットの様に。




僕らは科学者たちに観察されている。



様々な環境。


様々な投薬。


様々な状況。



それらを与えられて。



科学者は目を爛々とさせて僕らは見つめている。



『さぁ、その結果を見せてくれよ』





僕らはまるでモルモットの様に。


このガラスケースの世界に放り込まれた。



他の個体に見せる反応を求められている。



『ほぉら、やっぱり求愛行動をとり始めた』



科学者はまた別の科学者に囁いた。



彼らの実験、研究は。


単純なる興味で行われているのか。


それとも後世に役立つ何かなのだろうか。






僕らはまるでモルモットの様に。


目に見えない力によって試されて破壊されて殺される。



『何の為に生まれてきたのだろう』




上から見下ろしている科学者達は今日もまた興味深そうに。





『お前の反応と選択肢が見てみたい』



そう思っている。

老人と季節

 

 

老人が歩いている。


『歩いている?彼はちっともそこから動いちゃいないじゃないか?』


誰かはそう言った。


彼はこの道を歩いてきたのか?


それともただ景色が移り変わっていっただけなのか?



身動き一つ取らずに、彼を取り巻く環境だけがどんどん流れて行った。

移り変わっていった。

 


長い年月の間、老人にできた事と言えばただ一つ。



ただ『見ている』ということ。


決して動かなかったとしても。


やがて向こうから季節がやって来る。

注射針とサングラス

昨日、インフルエンザのワクチンを身体の中にぶち込まれた。


ドクターはメガネをかけたヒョロヒョロの初老男性で『今からこいつをお前の体内へブチ込んでやる』と言い、注射針を俺の身体の中に捻じ込み、『ひひひ。痛いかい?ねぇ、痛いかい?ひひひ』と何やらご満悦の様子でぷるぷる震えていた。

俺は先端、いや最先端恐怖症の遅れてきたニュージェネレーションだが、この初老はなかなかやる初老で全然まったく痛くなかった。

俺は針の先端を見ることなく阿呆面で一大『インフルエンザワクチン投薬会場』と化した会社の会議室のうらぶれた机を凝視していたので針の体内への侵入も、また排出も一切気付かなかった。

初老は「終わったよ」とまるで菩薩のような満面の笑みをたたえ、にこやかに俺を見送った。
この初老はやはりなかなかやる初老だと思った。俺がもし一国の王様であるならば、この初老に馬でも1頭与えてやるところだ。


ところが残念ながら王様ではない俺は、身体の中にワクチンをぶち込まれたわけだけども、痛みもなく、また苦しみや絶望もなく、平然あるいは毅然とした態度で勤務を終えて、無事帰宅した。



家に帰ると、一週間前から飼うことにした脳内妄想犬の『アンカーフィールド』が尻尾をぶんぶんぶん回して、俺の帰りを迎えてくれた。

俺は『スケベな顔をしやがって、ゲス犬が』と冷たく言い放ち、そしてアンカーフィールドを足で思い切り蹴とばしたが、アンカーフィールドは脳内妄想犬であり、物理的には存在しえない存在であるため、身体にも精神的にも一切ダメージを受けることなく、相変わらず俺の足にまとわりついてベロベロベロヨダレを垂らしていた。



あまりのヨダレの量に床一面に池ができた。
俺はそこで釣りをしようと想いついたが、同僚と食事に行く予定だったので、釣りを断念して、車で彼らを迎えに行った。


同僚達は俺を見ると、『なんで夜なのにサングラスをしているのか?』と野暮な質問を執拗にしてきたので俺はその場でかけていたサングラスを外し、目の前で叩き壊してやると、彼らは押し黙った。しばらくの沈黙。
とにかく、つまらない彼らのせいでサングラスを失った俺は、それ以来、夜の闇を直視することになったわけだ。

 

そして、狂気に目覚めたわけである。