注射針とサングラス

昨日、インフルエンザのワクチンを身体の中にぶち込まれた。


ドクターはメガネをかけたヒョロヒョロの初老男性で『今からこいつをお前の体内へブチ込んでやる』と言い、注射針を俺の身体の中に捻じ込み、『ひひひ。痛いかい?ねぇ、痛いかい?ひひひ』と何やらご満悦の様子でぷるぷる震えていた。

俺は先端、いや最先端恐怖症の遅れてきたニュージェネレーションだが、この初老はなかなかやる初老で全然まったく痛くなかった。

俺は針の先端を見ることなく阿呆面で一大『インフルエンザワクチン投薬会場』と化した会社の会議室のうらぶれた机を凝視していたので針の体内への侵入も、また排出も一切気付かなかった。

初老は「終わったよ」とまるで菩薩のような満面の笑みをたたえ、にこやかに俺を見送った。
この初老はやはりなかなかやる初老だと思った。俺がもし一国の王様であるならば、この初老に馬でも1頭与えてやるところだ。


ところが残念ながら王様ではない俺は、身体の中にワクチンをぶち込まれたわけだけども、痛みもなく、また苦しみや絶望もなく、平然あるいは毅然とした態度で勤務を終えて、無事帰宅した。



家に帰ると、一週間前から飼うことにした脳内妄想犬の『アンカーフィールド』が尻尾をぶんぶんぶん回して、俺の帰りを迎えてくれた。

俺は『スケベな顔をしやがって、ゲス犬が』と冷たく言い放ち、そしてアンカーフィールドを足で思い切り蹴とばしたが、アンカーフィールドは脳内妄想犬であり、物理的には存在しえない存在であるため、身体にも精神的にも一切ダメージを受けることなく、相変わらず俺の足にまとわりついてベロベロベロヨダレを垂らしていた。



あまりのヨダレの量に床一面に池ができた。
俺はそこで釣りをしようと想いついたが、同僚と食事に行く予定だったので、釣りを断念して、車で彼らを迎えに行った。


同僚達は俺を見ると、『なんで夜なのにサングラスをしているのか?』と野暮な質問を執拗にしてきたので俺はその場でかけていたサングラスを外し、目の前で叩き壊してやると、彼らは押し黙った。しばらくの沈黙。
とにかく、つまらない彼らのせいでサングラスを失った俺は、それ以来、夜の闇を直視することになったわけだ。

 

そして、狂気に目覚めたわけである。