永久病棟

 

 

『やはり、君は少々頭がおかしいようだね』

 

 

 

自分が『マトモ』だという事を証明するために行った病院にて、

 

初老の精神科医にやさしくそう言われて、

 

なんだかよく分からないうちに精神病棟に入院する事になった。

 

 

僕の頭はぜんぜんおかしくないのに。

 

例えばもしも仮に『おかしい』と、

 

作為的に決めつけられているだけならどうだろう。


映画でよくある話だ。


主人公は自身がまともだと思い込んでいたとしても、

 

何らかの事情によって無理矢理、強制入院させられる。



そして、自分は『まとも』であることを主張し続ける。

けれど、誰もそれを信じちゃくれない。




だんだん自分自身も『自分は気が触れている』と囚われていく。


それはまるで陰謀の様に。

 

あるいは本当に?






自身が常識的であるという幻想が一番厄介だと思う。



価値観の多様性

自己概念の移り変わり。




今日は『スタンダード』だった事柄も時代と共に歪められていく。





戦国時代は『大義』であったとしても現代は『人殺し』と言われるような。

そんなことがあまりに多すぎる。




常に一定で確信的なものなどない。




時間と共に『変化』は避け難くある。



飛びきり疑り深い者は常に世界を疑っている。




地球は青い。それは嘘。

ものが落ちるのは重力のせい。それも嘘。

殺人は悪。それも嘘。




そうやって疑ってきた学者が新たな定理を発見し、過去を塗り替えてきた。


『常識』とは現在の定説であって、決して『事実』なんかではない。





飼いならされた者は意図も容易く、

 

誰かの発見を『それこそ真実』と迎合し、疑うことは知らない。




そんな危険な社会には、発展も進展も変化もない。





政府は反対的な意見者を何人殺したことだろう。



国家揺るがし、転覆させる異端者は排除する。



ある種、精神病棟は異端者の治療と銘打った監獄に過ぎなくもない。


何か見えている者たちに乗っ取られるのを恐れている。





現代社会で、

 

誰が『幽霊が見える人間』『電波が聞こえる人間』を野放しにしておくだろうか。



そんな今在る常識を揺さぶり、脅かす人間は排除する。

それが昨今の在り方。





どっちが「まとも」かってことは何年先に判断できるだろう。



戦争や裁判と同じ。




『勝者』が正義、『敗者』は悪。



そうやって勝者達が決めつけてきた『常識』、


敗者、そしてその思考達はただ閉じ込められる。



永久病棟に。




今はもう墓場で眠っているその思考達の中に、

 

『事実』は眠っていなかったのだろうか?


少しくらいは。



そんなSFな話。

僕はやはり少し頭がおかしいみたい。

 

 

 

 

完璧な彼女


あの頃、みんなあの娘に夢中だった。
 

容姿端麗、成績優秀。
彼女が白だと言えば、カラスだって白くなった。

世界のすべては彼女のためにあったんだと思う。

誰もが、みんな、馬鹿みたいに彼女に憧れていた。
とにかく彼女は、そういう完璧な花のような女の子だったんだ。


でも、僕はあまり彼女のことが好きじゃなかった。
というより、むしろ嫌いだった。


昔からそうだった。
僕は、おそろしくへそ曲がりだから、みんなが欲しがるものは欲しがらない。


独自性と、圧倒的な個性に惹かれるんだ。
僕にとっては、普遍的で絶対的なものこそ、嫌いなものだった。

だから、いつも少数派であり続けた。
でも、それが悪いとは思わない。

むしろ、それを望んでいたし、それで満足だった。

だからこそ僕は、みんなが憧れるあの娘の存在が嫌いだったし、またそれ以上に彼女に夢中だった人間を軽蔑していた。


ある六月の帰り道、僕は、電車内で彼女とばったり会った。


彼女の美しさは、そこが草原だろうが、ゴミ処理場であろうが、どこであろうとも、おそろしく際立っていて、当然電車内でも同じことが言えた。

ラムネ瓶のように淡い水色のワイシャツの上に、クリーム色のラルフローレンのベスト。 流水のようにさらさらの髪の毛はミッキーマウスの髪留めでまとめていて、品の良いバニラの匂いがした。


彼女と話をする中で、性格の悪い僕は、みんなが彼女に夢中であることを包み隠さず話した。


完璧な彼女は、それに対してどう考え、何を思うのか。
なんとなく、完璧な彼女の思考に興味があったんだ。


僕の話を眠るように聞いていた彼女は僕が話し終わると、ふむふむと頷き平然とした顔で答えた。


『みんなが私のことを好いてくれるのは、とてもうれしいことだし、光栄だと思うけど…。正直私、男の人に興味がないの。 私、成熟した女の人が好きなの。』



その瞬間、僕は彼女に惚れていた。


彼女はやっぱり完璧だったのだ。

 

 

 

燃えないごみの日


今日は燃えないごみの日ですか?

そうです。燃えないごみの日です。

では、私はこれを捨てます。

あなたは何を捨てるんですか?

ナイショです。

ナイショですか?

そうです、ナイショです。

ところで、あなたのゴミ袋くさくありませんか?

え?臭いですか?

はい、臭いですよ。

そうですか。

中には何が入っているのですか?


ナイショです。


ナイショですか?


はい、ナイショです。

ところで、なぜアナタの服に血が付いているんですか?

これはトマトジュースです。

トマトジュースですか。

はい、私はトマトジュースが好きです。

そうですか。

そうですよ。


・・・。


ところで、なぜあなたは泣いているのですか?

私は泣いていませんよ。

いや、泣いてますよ。

泣いていませんって。

いや、泣いてますって。

そうですか?

そうですよ。


・・・。

あ、今思い出しました。さっきまで玉ねぎを切っていたのです。

玉ねぎ?

そう。玉ねぎのせいですよ。


ゴミ、捨てなくていいんですか?もう収集車が来てしまいますよ。

捨てますよ。

そうですか。

そうですよ。

・・・。


捨てないんですか?

・・・。


本当は捨てたくないんです・・・。

その袋の中には何が入っているんですか?


・・・。


とても大事な・・・、大切なモノです。



そうですか。


そうですよ。



・・・。



いいと思います。

え?


あなたが捨てたくないなら、捨てなくていいと思います。

そうですか。

そうですよ。


・・・。

 



あなたも捨てたくない大切なものを持っていますか?

ストレス社会



『気軽に何かを言おう!!!』

僕の隣に座っていたオジサンは唐突にそう叫けぶと急に立ち上がった。


僕はびっくりした。 あたりまえだ。
電車内で叫ぶ人なんてそうそういない。

それに、その叫んだ言葉の意味もよくわからない。


気軽に何かを言おう?
一体、何を言うんだと言うんだ?
そう思ったのは、僕だけじゃないはずだ。


そこに居合わせた乗客全員が、その言葉の真意を考え、そして同時にそのオジサンの次の言動、もしくは行動を待った。

そのアクション次第では、ここから(別の車両に)逃げる必要も出てくるかもしれない。



『気軽に何かを言おう!!』

僕はビクッとした。
オジサンは、またそれを繰り返した。


僕はそのオジサンが怖くなってきた。

この人から離れよう。

僕がそう思った時、前の席に座っていた太ったオバサンも立ち上がったかと想うと、オジサンに向かって叫んだ。

おそらく、みんなの気持ちを代弁して。



『気軽に何を言うって言うのよ!!?』



『気軽に・・・、気軽に・・・、

 

どっかーーーんッ!!』



大音量でそう叫んだオジサンは、次の瞬間、僕の隣で爆発した。
ただの爆発じゃなかった、それはそれは大爆発だった。


きっとオジサンはストレスをため込むタイプだったのだろう。


一瞬の痛み

 


『ぬあぁあああああああああああああ!!!』


激痛に襲われて悲鳴を上げていた僕は担架に乗せられたまま、勢いよく手術室に運び込まれた。

急性の盲腸だった。

痛い。痛すぎる。

『はーい。じゃあ、麻酔かけますよぉ』

看護師さんはそう言うと、僕に向かっていきなりワインをかけた。


『!?』

『大丈夫。手順は間違ってないから心配しないでぇ』

看護師さんは続けて、僕に砂糖と塩を振りかけた。
腹の痛さと、あまりに不可解な展開に僕はうろたえた。

『先生、入られますぅ!』

看護師に先生と呼ばれた男は、大きな枝切りバサミを抱えてきた。
僕は思わず痛みを忘れて引き攣った。

『はーい、じゃあお腹切りますね!』

僕が拒絶する間もなく、先生は僕の腹を枝切りバサミで、ばっさばっさ切り裂いっていった。


アッと言う間だった。
気づいたら僕はベッドの上に寝ていた。
天井を眺めながら僕は思った。

・・・麻酔、いつ打たれたんだろ?

いつの間にか手術は終わってしまっていた。


『まるで人生みたいでしょ?』

看護師さんは僕の包帯を取り変えながらそう言って笑った。

会いたいキモチ

 


『ずっと、貴方に会いたかったのよ』


僕が顔を上げると、肌の白い女性が立っていた。

『・・・はい?』

彼女は上品な笑顔を浮かべた。

『多分、貴方はまだ私の事を知らないでしょう?だけど、私はもうずっと前から貴方の事を知っているのよ。いい?これだけは覚えといて。私は今、貴方に会った。その事実が大事なの・・・』


そう言うと彼女は僕の向い側の窓をこじ開けてこちらを振り向いてまた笑ったかと想うと、すぐさま細長い体を滑り込ませ、猛スピードで走る電車の窓から飛び降りた。

『うわぁッ!』

あまりに唐突な出来事に思わず声を上げると、それは夢だった。
突然素っ頓狂な声を上げて目を覚ました僕の事を見て周りの乗客たちはクスクス笑っていた。

急に恥ずかしくなって僕は思わず顔を伏せた。
すると、僕の隣の席に座っていた彼女は耳元で囁いた。

『忘れないで・・・』


大丈夫。まだ覚えているよ。
忘れるものか。

 

 

終わりの始まり


「こんにちわ」

ぺータは鏡の中にいた自分そっくりの人に話しかけた。

「こんにちわ」

一秒も経たずに、鏡の中の彼は答えた。
声までぺータそっくりだった。

ぺータは話相手ができたのが嬉しくて嬉しくて、毎日彼に話し続けた。


そんなある日、うんざりしたペーターはついに怒った。

「おい君!僕の真似ばかりしていたら会話にならないじゃないか?たまには、自分から何か話せよ!」

「・・・」

鏡の中の彼は相変わらず、一秒も経たずうちにぺータの真似をすると、あとは黙ったままだった。

「おい!!」

ぺータはそう怒鳴ると、つい手が出てしまった。

その瞬間だった。

鏡の中の人もこちらを殴ってきた。

お互いの拳はちょうど鏡を挟んで相撃ちとなった。
喧嘩慣れしていないぺータの拳に痛みが走る。
鏡の中の人はなかなかのパンチ力だ。


「この野郎!!」

怒ったぺータは鏡の中の人に向かって、もう一度拳を放った。
だが、今度はその人は真似して殴ってこなかった。
その代り、鏡の中から手を伸ばすと、ぺータの拳をギュッと掴かんだ。


『交代だ・・』


そういうとその人は、ぺータを物凄い力で鏡の中へと引きずりこんだ。

ぺータが抵抗する間すらなかった。
気がつくとぺータは鏡の中に、その人は鏡の外にいた。
彼は鏡の中のぺータを見るとニヤっと笑い、鏡の前から離れていった。



そうして、ぺータの終りが始まった。